Chapter 1: The Low-Class Blade

血の匂いが、訓練場に満ちていた。

石造りの床に染み込んだ幾千もの戦の記録。惑星ベジータの重力は地球の十倍以上あり、空気そのものが鉛のように全身に圧し掛かる。それでも戦士たちは動き続けた。止まることは死を意味したから。

カカロットは右拳を繰り出した。

相手の腹部に直撃した衝撃が、前腕から肩まで伝わってくる。中級戦士のバルダは三メートル近く吹き飛び、訓練場の壁に激突した。石壁にひびが走る。白い埃が舞い上がる。

「次だ」

カカロットは振り返らなかった。バルダが立ち上がれるかどうかにも関心はなかった。

左から風を切る音。

腰を落とし、体をわずかに傾ける。爪がこめかみをかすって通り過ぎた。カカロットは相手の伸びきった腕を掴み、真下に引き落とす。エリートのラーゴが床に叩きつけられ、床石に蜘蛛の巣状の亀裂が走った。

「おい、下等兵め」

ラーゴの声は歯の間から絞り出されていた。床に手をつき、片膝を立てる。鼻梁から血が流れていた。「貴様の戦闘力では我々に——」

「立て」

カカロットは言った。それだけだった。

ラーゴは立った。選択の余地がなかったのではなく、その二文字の重さに逆らえなかったのだ。

訓練場の隅で腕を組んで見ていた監督官のタルブルが、スカウターの数値を一瞥して舌打ちした。「下等戦士が」と彼は吐き捨てるように言ったが、声が少し低かった。誰にも聞こえないように、という配慮があった。

カカロットの戦闘力は五万三千を超えていた。

惑星ベジータにおいて、それは説明しにくい数字だった。エリート階級の戦士たちは平均して一万五千から二万五千。王族の血を引く者でさえ、カカロットの数値を上回る者は両の手で数えられる程度だった。しかしカカロットは下等戦士だった。記録にそう書かれていた。生まれたとき、計測された初期値が低かった。親の血統が低かった。それがすべてだった。

訓練が終わると、戦士たちは黙って散っていった。ラーゴはカカロットを振り返ることなく出口へ向かい、バルダはまだ壁に背を預けたまま肩で息をしていた。

カカロットは訓練場に一人残り、拳の包帯をほどいた。皮膚は破れていなかった。破れたことなど、ここ数年なかった。

窓の外、空は赤かった。

惑星ベジータの空はいつも赤い。太陽の色が違うのか、大気の成分が違うのか、カカロットは考えたことがなかった。ただそういうものとして知っていた。訓練場の細長い窓から見えるその赤に、今日も意味はなかった。

「カカロット」

声が背後から来た。

振り返るより先に、発信源の位置と気の質を判断していた。訓練場の入口、三メートル。気の圧は高い。自分の戦闘力を抑えることなく纏っている。

通信機を持った下級兵士が、石畳の前で直立していた。若い。まだ実戦に出ていない目をしていた。「フリーザ様の軌道艦隊より、指令が届いております」

カカロットは包帯の残りを床に落とした。

指令室は訓練場から通路を二本渡った先にあった。壁には戦果記録が延々と刻まれていて、カカロットはそのどれも見なかった。いつも見なかった。他人の戦果は参照する必要のない情報だった。

端末の前に立つと、通信が開いた。

映像は粗かった。距離が遠すぎる。しかし音声は明瞭だった。フリーザ軍の通信技術はその点において徹底していた。

「惑星チキュウへの派遣任務だ」

読み上げる将校の声は事務的だった。まるで食料の配給を指示するような口調で、彼は続けた。「第四銀河区画の外縁部に位置する、文明発展段階三相当の惑星。生体資源としての価値は中程度。売却可能な状態に整地せよ。抵抗勢力の最大戦闘力は推定五百以下。単独制圧、問題なし」

カカロットは端末の画面を見ていた。

惑星チキュウ。青い。衛星軌道からの映像がデータと共に送られてきていて、球体の表面の大半が青と白で覆われていた。水の多い星だ、とカカロットは思った。それ以上のことは思わなかった。

「出発は七十二時間以内。ポッドの準備は整っている。任務完了後、座標を送れ」

通信が切れた。

カカロットは端末の前に三秒ほど立っていた。データを記憶に焼き付けるために必要な時間だった。それが終わると、廊下へ戻った。

ポッド発着場は惑星ベジータの北側、王宮の外壁に沿って並んでいた。丸い岩盤を削り出した格納庫の中に、球形の脱出兼侵攻用ポッドが並んでいる。カカロットに割り当てられたポッドは端から三番目だった。特別な機体ではなかった。どれも同じだった。

整備士が最終確認を行っている間、カカロットは荷物を積み込んだ。荷物と呼べるものはほとんどなかった。戦闘服の予備が一着。スカウター本体と予備レンズが一組。それだけだった。

「……随分と早い」

声は格納庫の奥から来た。

暗がりの中に人影があった。カカロットはすでに気配で知っていたが、振り返るのを三秒遅らせた。礼儀ではなかった。ただ、振り返る必要を感じるかどうかを確認していた。

ベジータ王子が腕を組んで柱に背を預けていた。戦闘服は常と同じく隙がなかった。顔の表情は、読もうとする者には何も与えなかった。

「任務だ」とカカロットは言った。

「知っている」

ベジータの目がポッドを一瞥した。それからカカロットへ戻った。「チキュウ。第四銀河外縁の塵芥だ。お前の練習台には過ぎるほどだろう」

カカロットは答えなかった。

「しかし」とベジータは続けた。その一語が少し違う重さを持っていた。「あの星には妙な気の記録がある。軌道センサーが拾えない類の何かだ。フリーザ様の分析班も結論を出せていない」

「抵抗勢力の戦闘力は五百以下だと指令に——」

「指令に書かれていることがすべてだと思うのなら」とベジータは言った。声に温度はなかった。「お前は下等戦士のままで終わる。それが相応しいとも言える」

沈黙が格納庫に落ちた。整備士が別の区画へ移動していき、足音が遠くなった。

カカロットはベジータを見た。ベジータはカカロットを見ていた。何かが二人の間で計算されていたが、どちらもそれを言語化しなかった。

「出発する」とカカロットは言った。

ポッドに乗り込み、ハッチを閉める。内部は狭い。肩が両側の壁にわずかに触れる程度の空間だった。計器が起動し、誘導システムが座標を確認する低い電子音が繰り返される。

カカロットはシートに背を預けた。

発射の衝撃が全身を押しつける。重力が逆転する感覚。ポッドが大気圏を抜けるとき、外壁が摩擦で赤くなり、小さな窓の向こうに惑星ベジータが小さくなっていく。赤い空。赤い大地。やがてそれは宇宙の暗闇に飲まれ、見えなくなった。

星が流れ始めた。

カカロットは目を閉じなかった。

睡眠は効率的な時間の使用だが、今は効率の問題ではなかった。正確に言えば、目を閉じる理由が見つからなかった。目を閉じたところで何かが変わるわけでもなく、何かを考えるべきことがあるわけでもなかった。任務は明確だった。惑星チキュウ。制圧。完了。

窓の外で星が線になっていた。

ベジータが最後に何を見ていたか、カカロットは思い出した。あの目だ。表情ではなく、目の奥にあった何か。侮蔑ではなかった。警戒でもなかった。

カカロットはその感情に名前をつけることをしなかった。

訓練もされていなかったし、必要もなかった。

星が流れ続けた。ポッドの電子音だけが、規則的に、何もない宇宙を刻んでいた。

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Chapter 1: The Low-Class Blade — 征服者カカロット―蒼穹に刻む血の軌跡― | GenNovel