Chapter 1: The Boy Who Smiled Wrong

扉を叩く音がした。

イルカは右の拳で三度、軽く叩いた。強すぎず、弱すぎず、早朝の静寂を壊さない程度に。錆びかけた番号札が扉の上でかすかに揺れた。「十六番地」という刻印が、朝の薄明かりの中で読み取れるかどうかという微妙な角度で傾いている。木ノ葉隠れの里の外縁近く、橋の向こうにある古い集合住宅の一角。忍の宿舎でも、ましてや家族の住む区画でもない場所に、その部屋はあった。

返事がなかった。

イルカは左手に持った器の重みを確かめた。どんぶりを包む布の結び目から、豚骨の湯気がほんのり染み出している。一番町の「一楽」が開店直後に作った最初の一杯で、マスターに頼み込んで少し濃いめのタレで仕上げてもらった。今日のためだけに。

もう一度、叩いた。

今度は少し待った。

廊下の奥で、隣の部屋のどこかが軋んだ。この建物はいつもそうだ。人が動けば、全体が鳴く。しかし十六番地の扉の向こうからは、音ひとつしなかった。

イルカは眉をひそめ、「ナルト」と声をかけた。大きすぎない声で。名前を呼ぶというより、扉の隙間に押し込むようにして。

鍵がかかっていないことに気づいたのは、試しに手をかけた瞬間だった。

ノブが、するりと回った。

部屋の中は暗かった。

カーテンが引かれ、わずかな朝の光も遮断されている。扉を開けた瞬間、古い畳と、ほこり、それから何か甘いような、しかし腐りかけた果物の匂いに似た気配がイルカの鼻をついた。腐っているわけではない。ただ、長い間、空気が動いていない場所の匂いだった。

少年は窓際に座っていた。

椅子でも、床でもなく、押し入れの引き戸の下の段に腰を下ろして、膝を揃え、両手を膝の上に置いて。背筋は伸びている。頭はわずかに下を向いて、視線はカーテンの布の一点に注がれていた。あるいは、そこにはなにも映していないのかもしれなかった。

金色の髪が、暗がりの中で妙にはっきりしていた。

「ナルト」

イルカが呼ぶと、少年は振り返った。ゆっくりと。首だけを動かして。

「あ、イルカ先生」

声は、普通だった。いつもの声だ。少し寝ぼけたような、鼻に抜ける軽い音。しかしイルカは扉の枠に手を置いたまま、一瞬、動けなかった。

何かが、おかしかった。

その「おかしさ」を言葉にするのは難しい。振り返るのが早すぎたわけではない。遅すぎたわけでもない。声に感情がなかったわけではない。笑顔もあった。頬に力が入り、目の端が少し細くなって。子供の、典型的な笑顔の形をしていた。

しかしイルカは長く子供たちを見てきた。怠けている子供、泣きたいのに泣けない子供、怖いのに強がる子供、嬉しいのに素直になれない子供。人間の子供が感情を表すとき、その表情には必ず「前後」がある。喜びが来る前の一瞬の準備、あるいは驚きが来た後の収束。感情は、いつも一枚の絵ではなく、流れだ。

ナルトの笑顔には、その「流れ」がなかった。

出来上がっていた。振り返った瞬間に、すでに。

「起きてたのか?」イルカは普通の声を作った。自分でも気づかないほど自然に。「灯りくらいつけろ。真っ暗じゃないか」

「うん」とナルトは言った。立ち上がる前に一拍あった。それも、少しだけ計算されているように見えた。「ぼーっとしてた」

「誕生日に何してるんだ」

イルカは笑って、どんぶりを持ち上げてみせた。布が湯気を逃がし、豚骨の香りが部屋に広がった。

「一楽のラーメンだ。起きたらすぐ来い。テルマのおっさんが今日だけ特別に出汁を多めに入れてくれた。冷めたら台無しだぞ」

ナルトは、笑顔を変えなかった。

そして言った。「ありがとう、先生」

ありがとう。

イルカは、その言葉が少年の口から出るのを聞きながら、手の中のどんぶりが急に重くなった気がした。何度も聞いた言葉だ。この子がよく使う言葉だ。しかし今、それは何かに似ていた。

台詞に、似ていた。

一楽は朝の空気の中でちょうどいい賑わいがあった。

早朝の任務前に一杯啜っていく若い忍びたち、隣町から仕入れに来た商人が一人、それから常連の老夫婦が隅のカウンターで静かに向き合っている。赤いのれんが入口の風を受けてひらりと持ち上がり、炭火と豚骨の匂いが通りまで流れ出ていた。

ナルトは窓際の席に座り、ラーメンを食べた。

麺をすする速度は、いつもと同じだった。いや、少し違う。いつもなら最初の一口で「うまい!」と叫ぶところを、今日は食べながら少し後で言った。

「うまい。イルカ先生、ありがとうな」

言葉の内容は正しい。表情も正しい。麺を持ち上げる角度も、スープを口に運ぶ仕草も。しかしイルカは斜め向かいに座り、自分の箸を持て余しながら、ひそかに少年の顔を観察していた。

記憶している限り、ナルトはラーメンを食べるとき、必ず一度は麺でスープを跳ねさせる。勢いよくすするから、どうしてもそうなる。服の袖が汚れることもある。今日は一度も跳ねていなかった。

些細なことだ。

一日の気分で、食べ方が変わることはある。疲れていれば、丁寧になることもある。

しかし。

「ナルト、今日は何したい?誕生日だろ」

イルカが言うと、ナルトは顔を上げた。また、一拍あった。

「特にないけど……先生が一緒にいてくれれば、なんでもいい」

それも正しい言葉だった。むしろ、少し大人びていた。いつものナルトなら「うずまき忍者道の修行だってばよ!」とか「砂時計買ってから丘で昼寝する!」とか、考えもせずに口から飛び出すはずだった。

笑いながら言うはずだった。

店内に笑い声が上がった。ナルトが話し始めたのだ。里での失敗談を、身振り手振りをまじえて。先週の授業で水遁の練習中に池に落ちたこと、それをクラスメートに見られてこっぴどくからかわれたこと。話の内容は面白かった。抑揚もあった。声を張るところ、落とすところ、ちゃんとある。

笑い声が広がった。マスターも笑った。隣のカウンターの老夫婦も、顔を上げて微笑んだ。

イルカは笑った。

笑いながら、気づいていた。

その笑い声は、一拍ごとに、少しだけ遅れていた。

店内の反応を確かめてから、膨らんだ。まるで反響を計算しているように。まるで、笑い声という現象の仕組みを知っているが、その中に自分が含まれることを確かめるために、毎回、周囲を見ている生き物のように。

イルカは何も言わなかった。

自分の丼に視線を落とし、麺をひとすすりした。出汁は濃くて、今日は本当においしかった。

帰り道は、ナルトが先を歩いた。

里の中の道は石畳で、古い部分と新しい部分が混在している。市場通りの外れを抜け、橋を渡って、集合住宅の並ぶ一画に差し掛かるあたりで、ナルトが急に立ち止まった。

前を向いたまま、立っている。

イルカが隣に並ぶと、ナルトが言った。

「先生、来てくれてよかった」

「当たり前だろ」

「……うん」

ナルトは振り返らなかった。橋の欄干の向こう、川の面を見ていた。秋口の川は水量が少なく、石が水面に出て、流れが白く砕けている場所がある。

「来年も、来てくれるか?」

イルカは答えた。「来年も来る。再来年も来る。毎年来る」

ナルトは頷いた。ゆっくりと。

「そっか」

それだけだった。そこで話が終わった。いつものナルトなら、「じゃあ約束な!指切りするぞ!」と言って、強引にイルカの手を引いたはずだ。しかし今日のナルトは、ただ頷いて、また歩き始めた。

アパートの前で、別れた。

ナルトは「おやすみ」と言った。夜ではなかった。まだ午前だった。しかし誰も訂正しなかった。

イルカは手を振りながら来た道を戻り始めた。石畳を踏む自分の足音が、橋を渡るたびに少し変わる。いつもそうだ。橋の下は反響が違う。

三十歩ほど歩いたところで、振り返った。

なぜ振り返ったのか、自分でもわからなかった。

アパートの窓に、影があった。

十六番地の窓。カーテンは引かれたままで、しかしその内側に、人の輪郭があった。窓ガラスに顔が寄せられ、外を見ている。金色の髪の毛先だけが、ガラスの縁にかかっていた。

動いていなかった。

風も、距離もあった。だから確信はなかった。ただ、イルカには見えた。

瞳が、ランプの光を受けていた。

街灯はまだついていない。その時間ではない。しかしナルトの瞳が捉えた光は、橙ではなかった。

赤かった。

かすかに、しかし確かに、赤かった。

イルカは動けなかった。足が石畳に根を張ったように、一歩も動けなかった。風が通り過ぎ、橋の向こうで鳥が鳴いた。

影は動かなかった。ただ、見ていた。

見送ることと、見張ることは、形が同じだ。

イルカはやがて向き直り、歩き始めた。足音は普通の速度を保っていた。曲がり角を抜けるまで、一度も走らなかった。

ただ、どんぶりを包んでいた布を、まだ手に持っていることに気づいたのは、自分の部屋の扉の前に立ってからだった。指に力が入りすぎていて、布の端が掌に食い込んでいた。

それほど、強く、握っていた。

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Chapter 1: The Boy Who Smiled Wrong — 破獣の烙印――九尾に喰われた少年 | GenNovel