Chapter 1: The Rot at the Root—Eunuchs, Famine, and the Yellow Turbans

桑の木に紙が貼られていた。

風が吹くたびに端がめくれ上がり、朝露に濡れた文字がにじんで読みにくかった。しかし村の者たちはその前に立ち止まり、黙って見上げた。文字の読めぬ者は読める者の袖を引いた。読める者は読んだあと、しばらく何も言わなかった。

劉備が桑の木の前に着いたのは、人だかりが半分ほど散けたあとのことだった。

彼は背が高かった。腕は長く、耳朶が異様なほど大きかった。そのことを幼い頃から言われ続けていたが、当人はもうその指摘に反応する気力も持ち合わせていなかった。二十二歳。草履を編んで母を養いながら、何者でもない日々を過ごしてきた男の顔がそこにあった。

官製の奉書に書かれた内容は簡潔だった。

冀州、青州、徐州、兗州、豫州、荊州、揚州、益州——八つの州において、張角なる者が「黄天」の旗を掲げ蜂起した。官軍は各地で苦戦している。天下の有志はみな立ち上がり、賊を討伐せよ。

以上である。

劉備は腕を組んでその文面を読み直した。勅命の書き方には一定の様式があり、この文書もその様式を踏んではいた。しかし細部がおかしかった。八州同時、というのは異例どころではない。これは普通の地方反乱ではない。帝国の毛細血管が至るところで破れ、王朝という巨体が一斉に血を吹いているのだと、農家の倅でもわかる話だった。

「読めたか」

後ろから声がした。

振り向くと、老人が一人、鍬を担いで立っていた。劉家の土地を小作している張爺で、かつては霊帝の治世の最初の頃、まだ税が今ほどひどくなかった時分を知っている数少ない村人のひとりだった。

「読めました」

「何と書いてある」

「兵を募っています」

老人は鼻から息を漏らした。軽蔑とも脱力ともつかぬ音だった。

「また募るか。先年も募った。一昨年も募った。うちの次男はまだ戻っておらん」

彼はそれだけ言って、畦道の方へ歩いていった。劉備はもう一度、貼り紙に向き直った。

洛陽から冀州まで、馬で走って数日の距離がある。しかしこの年の二月、その距離が持つ意味は消えていた。

張角が動いたのは中平元年、西暦で言えば一八四年の春のことである。

ここで少し立ち止まり、この人物について説明しておく必要があるだろう。

張角は冀州鉅鹿の人で、太平道という宗教組織の教祖だった。正確に言えば宗教組織と呼ぶべきかどうかも難しい。彼が布教を始めたのは十数年前のことで、当初は病人に符水を飲ませ、病が癒えれば信者にするという素朴な医療伝道だった。しかしその活動が爆発的に拡大した背景には、活動の巧みさ以上に、時代そのものの腐敗があった。

東漢の末期、朝廷は宦官と外戚の権力闘争に明け暮れていた。宦官とは去勢された男たちで、後宮に仕える身であるがゆえに皇帝の側近として絶大な影響力を持つに至った集団である。外戚とは皇后や太后の親族であり、彼らもまた皇帝の血縁関係を楯に政治を私物化した。この二つの集団が互いを蹴落とし合いながら、実際の統治を空洞化させていった。

地方官の職は売買された。郡太守の地位に相場があり、より高い金を積んだ者がより重要な地位を得た。当然、買った地位は投資だから、回収しなければならない。そのしわ寄せは課税となって農民の上に落ちた。

さらに追い打ちをかけたのが、灵帝の治世後半に繰り返した水害と旱魃である。河北から中原にかけての広大な農地が荒れ、飢えた農民が流民となって街道を埋めた。

張角はそこへ現れた。

彼の教えは複雑ではなかった。「蒼天已死、黄天当立」——青い空はすでに死んだ、黄色い天が立つべき時が来た、というのがその核心だった。青い空とは漢王朝を指し、黄色い天とは土徳を象徴する新しい秩序を意味した。五行説に基づく単純な王朝交代の予言であり、学者が聞けば荒唐無稽と一笑に付するような内容だった。しかしそれを聞いたのは学者ではなかった。田畑を失い、子を失い、それでも生きている者たちが聞いたのである。

彼らに必要だったのは精緻な理論ではない。自分たちが苦しんでいる理由と、その苦しみがいつか終わるという保証だった。

中平元年、太平道の信者は三十六の「方」に組織されており、その総数は数十万に及んでいたとされる。張角はこの組織を一斉に動かした。

八州が同時に燃えた。

劉備の生家は、涿郡というところにあった。

現在の河北省北部にあたるその土地は、古くからの農耕地帯であると同時に、北方の遊牧民族との境界線に近い、慢性的に落ち着かない地域でもあった。劉備の家はその涿郡の一角に、まず目立たないほどに存在していた。

彼の母は機織りで生計を立てていた。

父は彼が幼い頃に死んでいる。父の名は劉弘といい、劉弘の父は劉雄といい、劉雄の父は劉恵といい、劉恵は孝景帝の玄孫である——という系譜が一応は残されていたが、それが現実の生活に何をもたらすかといえば、何ももたらさなかった。皇族の血が薄まりきった末端において、その血は単なる家系図の記述であり、機織りで得た銭の方がはるかに切実な現実だった。

劉備は十五歳の頃、鄭玄の門下で学ぶ機会を得た。鄭玄は当代きっての経学者であり、その門に入れたこと自体は幸運だった。しかし彼はあまりよい学生ではなかった。書を読むより馬を走らせ、論を練るより剣を握ることを好んだ。師匠の盧植は彼の才気を認めながら、その散漫さに苦言を呈したという。

二十二歳の今、劉備は特に何者でもなかった。

名がある。漢の皇室に遠く繋がる血がある。学問の機会があった。剣と馬の心得がある。しかし土地はなく、兵はなく、官職もなく、頼れる後ろ盾もない。草履を編んで母を養いながら、毎日が費えていった。

桑の木の前を離れ、家に戻りながら、劉備は何を考えていたか。

英雄的な決意だったとは、おそらく言いにくい。

むしろ彼が感じていたのは、ある種の圧迫感だったのではないか。立ち止まっていることが許されなくなる、という感覚。時代が動きはじめたとき、動かない者がどうなるかを、彼はこの年齢になるまでに十分に見ていた。流民の群れ、荒れた田畑、朽ちた村の建物。それらすべては、何かに乗り遅れた者の末路を示していた。

彼の家は村の外れにある桑畑に面していて、軒先には半分編みかけの草履が吊るされていた。母が縁台で糸を繰っていた。その白髪の後ろ姿を見て、劉備は足を止めた。

「お前、見てきたのかい、あの紙を」

母は振り向きもせず言った。

「見てきました」

「何だって?」

「兵を集めています。賊が出たと」

しばらく間があった。糸を繰る音だけが続いた。

「行くのかい」

劉備は答えなかった。答えが出ていないのではなかった。答えが出てしまっていることを、すぐに口にすることが憚られたのだった。

母は糸を持つ手を止め、空を見た。澄んだ初春の空で、雲が薄く引いていた。

「お前の父さんも、お前と同じような顔をしていた。何かを決めたときの顔だよ」

それだけ言って、また糸を繰り始めた。

劉備はその夜、灯明の前に座って考えた。

黄巾の乱と後の世は呼ぶが、その名はまだない。それはただ、全方位から押し寄せてくる崩壊の音だった。洛陽では宦官と外戚が今日も権力を争い、各地では流民が溢れ、州都では守備兵が逃亡し、そして朝廷は貼り紙を桑の木に貼って草履職人に訴えている。

帝国が一人の青年に頼む番になったとき、その帝国はもう余命のことしか考えられなくなっているのだ。

しかし劉備はそのような俯瞰的な把握をしていたわけではない。

彼はただ、草履を一足、完成させ、束ねて棚に置いた。それから横になって、目を開けたまましばらく梁を見ていた。

明日になれば、この村の外へ出なければならないだろう。その先に何があるかは、まだ何も見えていなかった。見えないまま進まなければならないということだけが、腹の底に重く沈んでいた。

外では風が出ていた。桑の木の葉が一斉に鳴り、遠くで犬が吠えた。夜の中に春の匂いがあった。花の匂いではなく、土が動き出す前の、湿って重い、あの匂いだ。

劉備はその匂いを嗅ぎながら、目を閉じた。

八州が燃えていた。そのことを彼はまだ、頭では知っていたが体では知らなかった。体で知るのはこれから先のことで、それはこの夜より、ずっと暗い場所で起きることになっていた。

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Chapter 1: The Rot at the Root—Eunuchs, Famine, and the Yellow Turbans — 烽火三分——乱世の儚き星々 | GenNovel