Chapter 1: The Crimson Comet Disappears Into Shohoku

四月の朝は、嘘をつくのに向いている。

桜の花びらが舗道に積もり、昨日の世界を薄く覆い隠す。風が吹けばすべてが舞い上がり、何も証明できなくなる。桜木花道は、その白い渦の中を歩きながら、自分が今日からここで生まれ変わるのだという事実を、ゆっくりと、慎重に、肺の奥まで吸い込んだ。

湘北高校。

校門の表札を見上げる。白のペンキが端から剥がれ、金属の錆が滲み出ている。誰かが雑な仕事をして、長い時間をかけてそれが露わになった、そういう種類の古さだ。有名進学校のようなきらめきも、スポーツ強豪校の誇らしげな横断幕も、ない。ただの公立高校。神奈川の地図の上で、指の腹で押しても跡が残らないような場所。

それでいい、と花道は思った。

いや、それがいいのだ。

入学書類の束を脇に抱え直す。くすんだクリーム色のクリアファイルの中に、過去三年分の嘘が整然と並んでいる。運動部経験なし。課外活動なし。中学時代の特記事項、なし。担任の先生が「珍しいくらい何もない生徒だね」と苦笑いしながら押した認印が、第一頁の右下に青く滲んでいた。

何もない生徒。

それが欲しかったもの。

校門をくぐる瞬間、花道の背筋を何かが走った。緊張ではない。もっと奇妙な感覚、あの感覚の逆数のようなもの。中学最後の全国大会準決勝、一万二千人の観客が息を呑む中でコートに踏み出したときの、あの圧迫感のちょうど裏返し。誰にも見られていない、という清潔な孤独。

誰も、知らない。

ここでは誰も、彼が「緋色の彗星」だとは知らない。

新入生の受付は体育館棟の手前、渡り廊下に臨時設置されたテーブルで行われていた。在校生の係が二人、眠そうな顔でパイプ椅子に腰かけ、名簿を膝に乗せている。

「名前は」

「桜木花道」

「一年何組」

「七組」

「書類一式、ここに」

それだけだった。係の生徒は花道の顔も見なかった。名前の読み方を確認することも、その赤い髪に目を留めることも、なかった。クリアファイルを受け取り、名簿にチェックを入れ、「次」と呼んだ。

花道は五歩歩いて、立ち止まった。

胸の内側で、何かが小さく震えていた。

安堵なのか、落胆なのか、自分でも判断がつかなかった。ただ、その震えをなかったことにするように、コートを象る動作を靴の爪先でひっそりと描き、それからすぐに消した。

一時間後、教室棟の廊下を歩いていると、体育館の方角から音が流れてきた。

バスケットボールが床を叩く音は、他のどんな音とも似ていない。あれは人間の体重が木の板に伝わるときに生まれる音で、革と松脂とわずかな汗の気配を含んでいる。花道はその音を、骨で聞く。耳より先に、脊柱の奥が反応する。

足が自然に、体育館棟の方へ向いた。

気づいたときには、すでに半分歩いていた。

体育館の出入口は引き戸で、片側が細く開いていた。隙間から空気が漏れ出してくる。床ワックスと汗と、古いゴムの匂い。それから、声。

「なんだよそのパス、腐ってんのか!」

「うるさいお前の方がひどい、どこ見て投げてんだ」

「行けよ行け行け、そっちじゃない、左!」

笑い声が混じる。誰かが盛大に転倒する音、それをみんなが囃し立てる声。うまくない。技術的には明らかにうまくない。フォームは雑で、動きは予測不能で、パスの軌道は教科書のどこにも載っていない曲線を描いているはずだ。

それでも、音は弾んでいた。

花道は引き戸の縁に手をかけた。指先だけで、触れる。

隙間から覗いた体育館は、斜めの朝日で半分だけ照らされていた。光の当たっている側には、数人の生徒が走り回っている。一年生だろう、入学初日から練習しているのか、それとも進級した二年か。どちらでも関係ない。関係あるのは、あの動き方だ。ボールを受けた選手が右に突っ込んで壁にぶつかりそうになり、慌てて向きを変えて、それでも笑いながら走っていた。

笑いながら、走っていた。

花道の手が、引き戸の縁をわずかに強く握った。木の感触が掌に食い込む。

中学一年の秋、初めてチームの練習試合に出た日のことを、ふいに思い出した。コートに立つたびに全員が自分を見た。パスを出すたびに、チームメイトが固まった。受け取れなかったわけではない。受け取る自分が怖かったのだ。こぼしたらどうしよう、という顔が、みんなの目の奥に張り付いていた。

あれ以来、花道は誰かと笑いながら走った記憶がない。

あの体育館の中の連中は、今まさに、それをやっている。

胸の奥の、鍵のかかった引き出しの中で、何かがひっそりと音を立てた。名前のない衝動が、扉をわずかに押した。

花道は、その感覚を押し返した。

静かに、丁寧に、かつて何百回もやってきたように。

手を引き戸から離す。

一歩、後ろへ。

もう一歩。

廊下の向こうから上級生らしき生徒が歩いてくる。花道は視線を落とし、すれ違い、そのまま歩き続けた。体育館の音が遠ざかっていく。バスケットボールが床を叩く音が、廊下の角を曲がるごとに薄くなり、やがて、校舎の雑音に溶けて消えた。

消えてから、花道は初めて、自分の心拍数に気づいた。

速かった。

誰も知らないこの校庭で、誰も見ていないこの廊下で、ただ音を聞いただけで、心臓が走っていた。

昼になると、花道は校舎の裏手にある非常階段の踊り場に腰を下ろし、一人で弁当を広げた。

眼下に校庭が見える。昼休みの生徒たちがゆるやかに動き回っている。サッカーボールを蹴っている集団。木陰でスマートフォンを覗き込む二人組。どこかで誰かが笑い声を上げている。普通の、高校の、昼だ。

箸を持ったまま、花道はその光景をしばらく眺めた。

この学校には、全国から注目されるスター選手はいない。バスケットボール部の実績も、少なくとも近年は芳しくないと聞いた。部員も多くない。コートも古い。遠征費の予算が不足していて、去年の県大会では初戦敗退だったとも。

だから選んだ。

正確に言えば、そういう場所を探した。地図の上で指を走らせ、スポーツ推薦の照会状が届いていない学校を選り分け、部活の実績が過去の新聞記事に引っかからない学校を選り分け、最終的に残ったいくつかの候補から、通学可能な範囲にあるこの学校を選んだ。

三週間かかった。

その三週間の間、夜中に何度も起き上がり、やめようと思った。行かない、やめる、もうバスケット自体をやめる、そう思って布団を蹴り上げ、天井を見つめ、また横になった。朝になると、また検索していた。

結局のところ、自分にはここしかなかった。

それが何を意味するのか、まだ言葉にする気にはなれない。

弁当の玉子焼きを口に入れた瞬間、校庭の向こうから、あの音が聞こえた。

昼休みに誰かが体育館でドリブルをしている。一人、だろうか。単調なリズムで、床を叩き続けている。練習ではない。考えながら叩いている音だ。

花道は箸を止めた。

耳だけを、その方向に向けた。

リズムが変わる。少し速くなり、止まり、また始まる。ドリブルではなくなり、何かを試している音になる。シュートの前の、ためるような間。空気を切る音。それから、リングに当たる音。

外れた。

また拾って、またドリブル。また試す。また外れる。

それを、繰り返している。

花道の手の中の箸が、かすかに震えた。箸先が弁当箱の縁に当たり、小さな音を立てた。

体育館の中の誰かは、昼休みに一人でシュートを外し続けている。笑い声も、掛け声も、聞こえない。ただ、それだけを、やり続けている。

花道は弁当の蓋を閉めた。

立ち上がりはしなかった。

非常階段の手すりに片腕を乗せ、遠い体育館の方角を向いたまま、残りの昼休みをそこで過ごした。風が吹き、桜の花びらが舞い上がり、校庭を横切り、どこかへ消えた。

消えていくものは、いつも美しい。

それを美しいと感じる自分の中に、まだ何かが残っているということを、花道はその日、はじめて少しだけ、認めた。

認めただけだ。それ以上ではない。

それ以上になる前に、彼は階段を下りた。

放課後、校門を出るとき、花道はもう一度だけ体育館棟の方を振り返った。

引き戸は、朝と同じように、細く開いていた。

夕方の光が斜めに差し込んで、床の上に長い影を落としていた。誰かがまだコートにいる。シューズの擦れる音がする。

花道は三秒だけ、その方向を見た。

それから前を向き、校門を背にした。

桜の花びらが風に乗って、彼の赤い髪の上を流れ、通り過ぎていった。

今日は、入ってはいけない。

理由は説明できない。ただ、まだ、駄目だと思った。

準備ができていないからではない。

準備ができてしまうのが、怖かったから。

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