頬に当たるものがあった。
冷たい。硬い。ざらついている。
それが地面だと理解するまでに、数秒かかった。エレンは目を開けた。視界が白く飛んで、次に灰色になり、やがて輪郭を取り戻した。石畳。黒ずんだ染み。誰かが吐いたか、あるいは雨水と煤が混ざり合って乾いたか、どちらか判断のつかない汚れ。鼻の奥に錆びた金属と腐敗した野菜の匂いが入り込んできた。
体を起こそうとして、肺が悲鳴を上げた。
肋骨が。少なくとも二本は。
エレンは歯を噛み合わせた。痛みは知っている。これは知っている種類の痛みだ。折れた骨、裂けた筋肉、灼けるような傷口――それなら何度でも経験した。問題はそこではなかった。問題は、痛みが治らないことだった。
秒が過ぎた。
また秒が過ぎた。
何も起きなかった。
エレンは片手を石畳に押し当て、もう一方の手で自分の腕を掴んだ。皮膚の下に硬化の感覚を探した。あの、細胞が結晶化するような震え、全身の輪郭が鎧に変わる瞬間の圧力を。何もなかった。ただの皮膚だった。ただの、薄くて傷つきやすい人間の皮膚だった。
周囲で何かが喚いていた。
ゆっくりと顔を上げると、建物の壁面に取り付けられた金属製の箱が目に入った。縦横およそ一メートル。ガラスの面が青白い光を放ち、その光の中で何かが動いていた。顔だった。顎が四角く、眉が太く、瞳が燃えるように描かれた巨大な顔が、画面の中から通りを見下ろしていた。顔の下には文字が流れていたが、エレンには読めなかった。
読めない、ではなく、理解できなかった。文字の形は知っている。でも意味が滑る。まるで水の上に印字されているように。
喚き声はその箱から出ていた。
人間の声だった。大勢の人間が、一斉に何かを怒鳴り続けている声。怒声、呪詛、それに混じる金属的な音楽。箱の光が通りを白く染め、エレンの影を石畳に黒く刻んだ。
*どこだ。*
エレンは膝を立てた。肋骨が抗議した。無視した。立ち上がり、壁に手をついた。見渡した。
路地だった。幅は三メートルほど。両側に四、五階建ての煉瓦造りの建物が立ち並び、窓のいくつかには板が打ち付けられ、いくつかからは薄汚れた洗濯物が垂れていた。路地の先、大通りらしき場所に人影が見えた。皆が下を向いて歩いていた。誰も立ち止まらなかった。誰も空を見なかった。
壁の箱が怒鳴り続けた。
エレンは自分の手を見た。関節に血が滲んでいた。いつ切れたのかわからない。指を曲げ伸ばした。動いた。骨は折れていない。肋骨以外は。
*調査兵団の装備は。立体機動は。剣は。*
腰に触れた。何もなかった。ベルトだけがあり、その下は粗末なズボン、上は薄い綿の上着。それだけだった。
*なぜ。*
大通りの喧騒が変化した。足音が増え、整い、リズムを持った。エレンは本能的に息を止めた。角の向こうから、三人の男が現れた。
黒い制服だった。胸に何かの紋章が縫い付けられている。腰にはベルト、そこから伸びた革のホルスターに何かが収まっていた。銃ではないかもしれない。でも武器であることは確かだった。三人は一列ではなく、微妙に角度をずらして歩いていた。訓練された隊形だ。エレンにはわかった。あの歩き方は、見ながら歩くための歩き方だ。
エレンは動かなかった。
動けなかったのではない。動かなかった。
それは判断だった。
三人の視線が路地を舐めた。エレンは壁に凭れたまま、顔をわずかに伏せた。喧嘩でもしたのかと思われろ。酔っているのかと思われろ。プロール――そう彼らが呼ぶ下層の者たちがうずくまっているとでも思われろ。何でも構わない。ただ、目立つな。
胸の奥で何かが燃えていた。
いつものやつだ。あの熱さ。壁を見るたびに、鎖を見るたびに、誰かが誰かを踏みにじる瞬間を目にするたびに、腹の底から湧き上がってきて、喉まで這い上がってくるやつ。今もある。消えていない。
でも変身はできない。
それだけが違う。
三人の足音が近づいた。エレンは意識して肩の力を抜いた。膝から少し力を逃した。酔った男の体の重さを演じた。足音が路地に入ってきた。一人の靴底がエレンの手から十センチのところで止まった。
誰かが何かを言った。エレンには意味がわからなかった。でもトーンはわかった。問いかけではなく、確認だ。この男を処理するかどうか、確認している。
別の声が答えた。もっと短く。
足音が再び動いた。遠ざかった。
エレンは十秒数えてから、ゆっくりと顔を上げた。
三人の背中が大通りの人波に消えていくところだった。
肺に空気を入れた。出した。また入れた。
壁の箱がまだ喚いていた。巨大な顔が相変わらず通りを見下ろし、眉を寄せ、口を開け、何かを訴え続けていた。その顔に怒りはなかった。怒りに似た何かはあったが、それは本物の怒りではなかった。本物の怒りは熱い。この顔は、冷たかった。
エレンはその顔を見上げた。
*知っている顔だ。*
王の顔だ。壁の名前を持ち、民を守ると言い、民を石に変えた男たちの顔だ。顔の形は違う。でも目が同じだ。何も映していない目。すべてを映しているように見える、何も映していない目。
肋骨が痛んだ。
エレンは壁から体を離し、大通りの方向へ足を向けた。行くあてはなかった。戻る場所もなかった。アルミン。ミカサ。ハンジさん。サシャ。それらの名前は頭の中にあった。でも手が届かなかった。夢の残像のように、触れようとすると霧散した。
どこにいるかわからない。
なぜここにいるかもわからない。
わかっていることは、体が変身しないこと。硬化も、再生も、何も答えないこと。そして、あの黒い制服の三人は武装していること。そして、このどこかわからない薄汚れた街で、エレンは今、文字通り、ただの人間だということ。
大通りに出た。
人が流れていた。皆、下を向いていた。皆、早足だった。皆、壁の箱を見なかった。いや、見ないように見ていた。横目で、うつむきながら、視野の端に入れながら、絶対に正面から見ないように。
エレンは正面から見た。
巨大な顔が三十メートル先の建物の壁に張り付いていた。今度は絵だった。ポスター。よく見ると線の一本一本が太く、強調されていた。顎。眉。目。その下に文字。読めない。
でも意味はわかった。
見ているぞ、と書いてある。
どんな言葉でも、あの顔はそれを言っていた。
エレンは足を止めなかった。人の流れに混じった。石畳を踏んだ。どこかの建物の窓から、煮込んだ何かの匂いが漏れていた。玉ねぎと、脂と、わずかな香辛料。腹が鳴った。いつから何も食べていない。昨日か、もっと前か、それとも前の世界での話か。
*前の世界。*
その言葉が頭の中で転がった。
エレンはそれを拾い上げようとして、やめた。今は駄目だ。今それをやると、立っていられなくなる。
代わりに数えた。呼吸の回数を数えた。一、二、三。視野の中の人間の数を数えた。七、十二、十八。テレスクリーン――そう、あの箱のことをそう呼ぶのだと、この街が呼び込む空気と一緒に何かが教えてくれた――の数を数えた。この通りだけで、五つ。
五つ。この一本の通りだけで。
壁の内側に、ずっと閉じ込められていた頃を思い出した。
あの頃は、壁が見えていた。壁は巨大で、白く、天を突いていた。壁はわかりやすかった。越えればいい。越えた先に何があるかを知ればいい。壁は敵であることを隠していなかった。
でもここは違う。
この街の壁は見えない。
どこにでもある。どこにもない。誰の顔にも貼り付いている。石畳にも、洗濯物にも、玉ねぎの匂いにも染み込んでいる。
エレンは歩き続けた。
肋骨が一歩ごとに訴えた。
変身できない体で、訓練も装備もなく、言葉も満足にわからないこの場所で、エレンにできることは一つだけだった。
生きている間は、立っていることだ。
テレスクリーンが続きを喚いていた。大通りの端まで歩いて、エレンは角を曲がった。路地の先に、暗い扉があった。その扉の上に、手書きの文字が板に刻まれていた。意味は読めない。でも光の具合と人の出入りから、食べ物を売っているか、あるいは雨風をしのがせる場所だと判断した。
エレンは扉を押した。
蝶番が軋んだ。
薄暗い室内に、古い木の匂いと煙草の煙が充満していた。
そしてエレンは初めて、この世界で、屋根の下に入った。