Chapter 1: The Tavern at the Edge of the Harbor

グラスを磨くとき、僕はいつも同じことを考える。

液体の痕跡というのは正直だ。誰がどれだけ飲んだか、どれだけ急いでいたか、どれだけ何かを忘れたかったか——グラスの縁に残った唇の跡が、言葉より雄弁にそれを語る。布を当てて、回して、光にかざす。曇りが消える。また別の曇りが見える。磨き続ける。それが僕の夜だった。

港町に来てから、十四ヶ月が経っていた。

酒場の名前は「錨」という。看板の文字はとっくに色褪せて、今では雨が降るたびに少しずつ読めなくなっていく。カウンターは傷だらけで、椅子の一本は脚が短く、ドアは閉まりきらない。オーナーのジョルジュは年に三度しか顔を出さず、あとは僕に任せきりだった。任せきりにできる人間が、たまたまそこにいたというだけの話だ。

毎晩、十時を過ぎると船乗りたちがやってくる。

漁船の男たち、貨物船の乗組員、どこから来てどこへ行くのかも分からない流れ者——彼らは嵐みたいに現れて、何かを置いていく。言葉だったり、怒鳴り声だったり、誰かに宛てたのかもしれない歌の断片だったり。朝になると彼らはいなくなる。次の晩には別の顔が来る。港というのはそういう場所で、僕はその入れ物のひとつだった。

「もう一杯」と男が言った。

太い首に、錨の刺青。左手の人差し指がない。カウンターにグラスを置く仕草に迷いがなく、何度も繰り返されてきた動作だということが分かった。僕はウイスキーを注いだ。彼は受け取り、飲み、グラスを戻し、また「もう一杯」と言った。

「どちらから」と僕は訊いた。

「南から」と彼は言った。

それ以上は何も言わなかった。僕も訊かなかった。南というのは方角であって場所ではないが、それで充分だった。ここに来る人間はみんな、南から来るか北から来るか、あるいはどこからとも言えない場所から流れ着く。大事なのは方角じゃなくて、その人間が今、カウンターの向こう側にいるという事実だけだ。

潮の匂いがする。

いつでもする。服に染みついて、寝るときも消えない。港町の空気はディーゼルと塩と魚の腸と、ときどき雨の予感が混ざり合って、自分だけの文法を持っている。最初の頃は鼻が慣れなくて、朝起きるたびに頭が痛かった。今では逆に、匂いがしなくなったら具合が悪くなりそうな気がする。慣れというのは、気づかないうちに身体を書き換えてしまう。

カウンターの下の棚に、一冊のノートがある。

黒い表紙で、角が少し折れている。買ったのはこの町に来る前——どこかの駅の売店で、特に目的もなく手に取った。百円か百五十円か、そのくらいだった。何かを書こうと思っていたわけじゃない。ただ、持っていれば何かを書きたくなるかもしれないと思った。

一度も書いていない。

ページを開いたことはある。白い紙を見つめていたこともある。ペンを持って、最初の一行の場所に目をやって、それから静かに閉じた。何を書けばいいのか分からないというより、書くべき自分が、まだどこかに定まっていないような気がした。書くという行為は、自分がここにいるということを確認する作業だ。そしてその確認が、何かを失いそうで怖かった。

十一時を過ぎると客が減り始める。

最後の一人が出ていくのを見送り、椅子を机の上に上げ、床にモップをかける。グラスを洗って、逆さに伏せて、棚に並べる。カウンターを拭く。金を数える。電球が一個、数週間前からちらついていて、修理しようと思いながらそのままにしている。点いたり消えたりする光の中で作業していると、自分がそこにいるのかいないのか、境界線が少し曖昧になる。

それが嫌いではなかった。

二十三歳になったのは、この町に来てから五ヶ月目のことだった。誰にも言わなかった。言う相手がいなかったというより、言う必要を感じなかった。誕生日というのは、自分がどこかから続いてここにいるという証明だ。でも僕には、その「どこかから」の部分が、霧の中に沈んでいるような感覚があった。昨日と今日が地続きで、去年と今年も地続きで、それでも何かがひとつも積み上がっていない——そういう停止の感覚。

古い人間みたいだと、自分でも思う。

二十三のくせに、もう何も驚かない顔をしている。船乗りたちが語る嵐の話も、海の果てで見たという奇妙な光の話も、愛した女の話も、失った仲間の話も——僕はカウンターの向こうで静かに頷いて、グラスを磨き続ける。感動がないわけじゃない。何かが内側で動く感覚はある。ただその動きが、外に出てくる前に静まってしまう。波が岸に届く前に砂に吸い込まれるみたいに。

ドックの方から、鉄が鉄を押す低い音が聞こえてくることがある。

鋼鉄の船体が桟橋に当たる音。風向きが変わるたびに響いてくるその音は、遠くで誰かが重たい扉を開け閉めしているようでもある。閉じる。開く。また閉じる。僕はその音を聞きながらグラスを磨く。音が止む。また磨く。

その夜も、そうやって十二時を迎えるつもりでいた。

最後の客が出ていき、ドアが閉まった。風の音。遠い波の音。電球が一度、短く明滅した。

そのとき、港が黙った。

鳥の声が消えた。エンジン音が消えた。どこかで鳴り続けていたはずのブイの鐘も、気づけば聞こえなくなっていた。完全な沈黙ではない——波はある、風もある——でも、ずっとそこにあった何かの騒がしさが、すっと引いた。息を止めてしまったような沈黙だった。

僕は手を止めた。グラスを持ったまま、窓の外を見た。

暗い海の上に、一艘の古い船が、静かに錨を降ろすところだった。

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Chapter 1: The Tavern at the Edge of the Harbor — 潮騒の果て、名前のない海へ | GenNovel