試験室に入るのは、これで三度目だった。
廊下の石畳は、前の二回と変わらなかった。踏むたびに足の裏へ伝わる硬さ、継ぎ目のわずかな段差、壁から滲む黴の匂い——その一つ一つを螺人は既に知っていた。知っていたがゆえに、今朝は何も感じないはずだった。
感じなかった、とは言えなかった。
試験室の扉は、幅広く、重い。両開きの中央に、木ノ葉隠れの里の紋章が彫刻されている。その紋章を螺人はじっと見た。渦巻き。葉の形。あるいは炎の形。何年か前に或る先輩忍者が教えてくれた読み方——「これは意志の形だ」——が、今の螺人には、単なる装飾に見えた。
扉を開けた。
室内は思ったより明るかった。天井に近い高窓から、梅雨の曇天の光が均等に注いでいた。試験官席は部屋の奥に一段高く設けられ、そこに草木創介が坐っていた。
草木創介。上忍。主任試験官。
その男の顔を螺人はよく知っていた——知りすぎていた、というべきかもしれない。前二回の審査でも向かい合い、一度目は「残念だが」という枕詞つきで、二度目は枕詞さえなく、それぞれ結果を告げられた男だった。創介の顔には、歳月の刻みも、戦場の傷跡も、さほど見当たらなかった。官舎の書類と同じ色をした、整った顔だった。
「渦森螺人」
創介は螺人の名を読んだ。名簿を手元に置いていたが、見るまでもなく覚えているのだろう、視線は紙でなく螺人の額の辺りに向けられていた。
「はい」
螺人は短く応じた。声が自分のものとは思えないほど落ち着いていた——落ち着いているふりをするために費やしてきた三年分の訓練が、今この瞬間だけ完全に機能していた。
創介は書類を一枚めくった。その音が、広い室内に妙によく響いた。
「本日の実技試験における君の印術の出力値、および制御精度の数値を確認した」
どこにも「おめでとう」の気配はなかった。螺人はすでに知っていた。膝の後ろに冷たいものが走るような予感を、昨夜から抱えていた。
「封術の干渉が認められた」
創介の声は、怒りを含んでいなかった。遺憾も、含んでいなかった。月並みな言い方をすれば事務的、という形容が最も正確だろうが、螺人にはそれ以上の何かに聞こえた。その声は自分の正しさを疑ったことが一度もない者の声だった。疑わないのは確信があるからではなく、疑う必要を感じたことがないからだ、と螺人は思った。それを「幸福」と呼ぶべきか「空洞」と呼ぶべきか、判断する前に次の言葉が来た。
「貴様には資質がない」
七文字。
螺人は数えたわけではなかったが、後になって何度も反芻するうちに、七文字だと確かめることになる。その七文字は、刃物のようだったと後で思うことになるが、刃物が肉を切るときのような感触は、なかった。血も出なかった。出血があれば、まだ実感として処理できた。この痛みは、手術台の上の冷たさに近かった——清潔で、正確で、処置者に悪意のない痛みだった。
「審査の結果は、所定の書式にて後日通知する。退出していい」
創介はそう言って、視線を手元の書類へ戻した。螺人はもう見ていなかった。
礼をして、扉へ向かった。
廊下には、ほかの受験者の姿はもうなかった。螺人の受験番号は最終だった——そのことが意味することを、彼は今初めて明確に理解した。最後の番号は、結果がどうあれ、最後に退出する。それだけのことだった。しかしその「最後」という事実は、廊下の石畳の硬さと同じように、今日に限って妙に濃く感じられた。
壁際に受験者用の木製の長椅子が並んでいた。今朝の朝方にはそこに十数人が腰かけ、それぞれ指の関節を鳴らしたり、目を閉じて呼吸を整えたりしていた。今は誰もいない。長椅子の上に一枚、誰かの忘れ物らしい竹紙が落ちていた。螺人はそれを拾おうとして、途中で手を止めた。拾って届けるべき場所が、今の自分にはわからなかった。
高窓の一つで、何かが音を立てた。
雨だった。
最初の一粒が窓枠の石に当たる音、次の一粒、また一粒——それはすぐに、窓全体を叩く音になった。梅雨に入ってから断続的に続いていた雨が、今日はいつもより本格的に降り始めたらしかった。廊下の空気が、一段、湿度を増した。
螺人はその窓の下で立ち止まり、自分の手のひらを見た。
手のひらの中心に、薄く浮き上がった封印の紋様——それが今、かすかに熱を持っていた。熱というより、圧迫感に近かった。内側から何かが、ほんの少し、重さをかけているような感触。それは螺人が物心ついた頃からそこにあり、里の封術師たちが「管理されている」と言い、試験官たちが「干渉因子」と呼ぶものだった。
今のそれは、扉の向こうで何かが息を整えているような、静かな圧力だった。怒りではなかった。怒っているのは螺人の方だ——と気づいた瞬間、螺人は自分が怒っていることを初めて自覚した。
怒り、というのも、正確ではないかもしれない。
熱があった。胸の奥の方に、じわりと広がる熱が。それは今すぐ爆発するようなものではなく、長い時間をかけてゆっくりと染み込んできたものが、今日という日を境にして初めて輪郭を持ち始めた、そういう種類の熱だった。
螺人は廊下の突き当たりの扉を開けた。
外は、雨だった。
予報を知っていれば傘を持ってきたかもしれない。しかし螺人は傘を持っていなかった。一歩踏み出すと、たちまち肩が濡れ、髪が額に貼りついた。足元の砂利が、雨粒を弾くたびに微細な音を立てた。
立ち止まるべきか、と思った。軒下で雨宿りをして、小降りになるのを待つべきか。
しかし足は自然に前へ動いた。雨の中を歩くことを選んだというより、立ち止まるという選択肢が、今の螺人には存在しなかった。
里の中央通りは、雨のせいで人影がまばらだった。通りの両側の商家は、暖簾を半ば内側に取り込み、軒に打ち付ける雨音を黙って受けていた。豆腐屋の老爺が、螺人の濡れた姿をちらりと見て、何も言わずに目を逸らした。
螺人は歩いた。
「貴様には資質がない」という声が、雨音の下で繰り返された。何度目かで、それは創介の声ではなくなり、もっと抽象的な、制度そのものの声になった。里が、螺人に向かって言った言葉。一度目、二度目、三度目——同じ言葉が積み重なって、今やその重さは、雨に濡れた衣服より確実に肩にのしかかっていた。
この場面を、螺人はかなり前から想像していた。
三度目の結果が出たとき、自分はどう行動するか。どこへ向かうか。誰かに声をかけるか、それとも黙って部屋へ戻るか——あるいは里の外へ出るか。様々な想定を繰り返してきた。どの想定でも、自分は何らかの明確な感情を持っていた。ある想定では激しく泣き、ある想定では妙に静かで、またある想定では笑っていた。
実際の自分は、その誰でもなかった。
ただ、歩いていた。
雨の中を、特定の目的地もなく、里の路地を北へ折れ、また路地へ入り、歩いていた。その歩き方は、螺人自身が思うに、かなり静かだった。静かすぎるほどだった。何度も稽古した演目を本番で演じた役者が、舞台を下りた直後に経験するような静けさ——その静けさの中に、どこかに確かに何かが欠けていた。
欠けているもの。
螺人はそれに名前をつけようとして、雨に打たれながら歩き続けた。名前は、見つからなかった。