榆の木が二本、役所の門柱の左右に立っていた。
その幹は人が三人がかりで抱えるほど太く、幾十年もの時が刻んだ樹皮の皺が、まるで老人の手のひらのように深く刻まれている。張り出した枝の下に、黄ばんだ官製の紙が貼られていた。風が吹くたびに端が捲れ上がり、また貼り戻り、また捲れた。
劉備は、その紙の前に立っていた。
草鞋を片手に提げていた。一足分の材料を朝から編み続けて、日が中天を過ぎた頃にようやく仕上げたものである。草の匂いがまだ手のひらに残っていた。市場で売れれば銅銭五枚にはなる。その五枚で今夜の飯米を買い、明日の朝からまた編む。それが劉備、字を玄徳という二十三歳の男の、建寧元年から続く変わらぬ一日の形であった。
貼り紙を読んだ。
一度読んで、また読んだ。
「義勇募兵の詔」とある。黄巾の賊徒が冀州・青州・徐州の三州にわたって蜂起し、官軍は連戦連敗を喫しているため、各郡に義勇の士を募って討伐に当たらせるという内容であった。字は崩れており、書いた書吏が急いでいたのか、あるいは単に腕が悪かったのか、判読しづらい箇所が随所にある。それでも劉備には全文が読めた。母が貧しい中から銭を工面して、村の儒者のもとへ通わせてくれたからである。
紙の端が、また捲れた。
黄巾の乱。
その名は、既に涿郡の市場にも届いていた。張角という男が「太平道」なる宗教結社を組織し、十数年かけて青・徐・幽・冀・荊・揚・兗・豫の八州にわたって信者を獲得し、同年同月同日に一斉蜂起したと言われた。信者は百万とも言う。頭に黄色い布を巻くことから、人々は黄巾軍と呼んだ。太平の世を求める民が黄色い布を巻いた時、腐敗した朝廷は初めて自分が何者に支配されているかを思い知った。
劉備は目を細めた。
時代が動く、と彼は思った。感傷でもなく、高揚でもなく、左官職人が壁の亀裂を見て「そろそろ崩れる」と判断するときのような、乾いた認識として。
彼は中山靖王劉勝の末裔を名乗っていた。これは嘘ではない。系図を辿れば確かに血脈は繋がる。しかし中山靖王劉勝という人物は百二十人を超える子を遺したと記録されており、その子孫たちは三百年の間に中国全土の市井に溶け込み、大半は名も財も失って民草の中に埋もれていた。劉備もその一人に過ぎない。
漢の皇裔を名乗ることは、この時代においては政治的な発声行為であった。それ以上でも、それ以下でもない。劉備はその事実を、母親から教わった記憶もなく、書物から学んだ記憶もなく、ただ気づけば骨身で了解していた。
役所の門前には数人の男たちが集まって、同じ貼り紙を眺めていた。農民と思しき者が二人、行商らしい男が一人。彼らは声を潜めて話し合っていたが、劉備が近づくにつれてその声は止んだ。見知らぬ男が来れば黙る。それが乱世の作法だ。
劉備はその場を離れて、大通りに戻った。
市場は薄暗かった。涿県の市場は朝には活気があるが、午後になると商人たちの疲弊が空気に滲み出る。野菜の残り物が乾いた地面に落ちており、豚の血の匂いが残っている。荷車が軋む音。子供の泣き声。どこかで犬が吠えている。
劉備は草鞋を売る自分の場所に戻ろうとして、足を止めた。
露店の軒先に、見たことのない男が座っていた。
正確に言えば、「座っている」という状態が当てはまるかどうか疑わしかった。男は背を木の柱に預け、長い脚を無造作に前に投げ出して、目を半開きにしていた。眠っているようでいて、眠っていない。重い上瞼の下から、市場を往来する人間たちを一人ひとり、確かめるように見ていた。
体格が尋常ではなかった。
涿郡の市場には様々な人間が集まる。北方の遊牧民族との交易で生計を立てる者も多く、体格に恵まれた男を見ることは珍しくない。しかしこの男の体躯は、単に大きいという次元を超えていた。肩幅が広く、首が太く、腕が長く、しかも余分な肉が一切ない。頤には手入れの行き届かない髭が伸び、着ている衣は上等ではないが清潔に保たれていた。腰に長刀を帯びている。
劉備は立ち止まって、男を観察した。
男も劉備を見た。
二人の視線が正面から合った。男は表情を変えなかったが、脚をゆっくりと引き寄せて、身を起こした。それだけの動作に、無駄が一つもなかった。
「草鞋を売るか」と男は言った。声は低く、よく通った。言葉の端に、涿郡とは異なる訛りがある。
「売る」と劉備は答えた。「だが、お前は草鞋を買いたいわけではないだろう」
男が少し目を細めた。
「なぜそう思う」
「足に今履いているものは、まだ充分に使える。それより、俺を観察していた。市場に入ってから、ずっとな」
沈黙があった。
市場の喧騒は続いていたが、二人の間だけが静止しているようだった。男はしばらく劉備の顔を見ていた。何かを測るような目だった。品定めというより、照合に近い。何か自分の中にある基準と、目の前の人間を比べているような。
「河東から来た」と男は言った。「関羽という。字は雲長」
それだけ言って、後は続けなかった。
劉備は男の横に座った。地面は硬く、枯れた草の茎が掌に刺さった。
「河東から涿郡まで、どのような事情で」
「言えない事情がある」
「逃げているのか」
「そう見えるか」
「いや」と劉備は言った。「逃げている人間は、人を見ない。お前は見ている。誰かを探しているか、あるいは誰かに見つけてもらうことを、半分は期待しているか」
関羽は今度こそ表情を変えた。険しくなったのではなく、何かが解けたような、それでいてやや苦いような顔だった。
「劉備か」と彼は言った。
劉備は驚いたが、それを表情には出さなかった。「知っているのか」
「名は聞いていた。漢室の末裔を自称する草鞋売り。涿郡で義勇兵を組織しようとしている男、と」
「誰から」
「市場の人間は、思いのほか多くのことを話す」
劉備は少し笑った。自嘲でも愛想でもない、純粋に可笑しいと思った時の笑いだった。「義勇兵を組織しようとしている、か。大げさな話だ。俺が持っているのは草鞋の材料と、漢室の血筋という、証明しにくい事実だけだ」
「証明しにくい事実は、証明できないこととは違う」と関羽は言った。
これは利口な男だ、と劉備は思った。
二人がそうして話していると、市場の奥から大きな声が聞こえた。怒鳴り声に近い、しかし怒りというより快活さを帯びた声だった。何かを叩く音。笑い声。また怒鳴り声。
ほどなく、男が現れた。
丸顔に、濃い眉、小さな目、頬に張りがある。背丈は劉備と大して変わらないが、胴が太く、腕が短く、全体にずんぐりとした印象を与える。それでいて動作が速い。豚を一頭、引きずってくるのに、さほど力を使っているように見えない。
「豚一頭、二百銭と言いやがった」男は誰にともなく言いながら、露店の前に豚を引きずってきた。「三日前は百八十だったのに。戦が始まったから値上がりした、だと。戦はお前が始めたわけじゃないだろうが」
「張飛か」と劉備は言った。
男は振り向いた。「知ってるのか、あんたを」
「知らないが、お前の話は聞いている。涿郡で豚を売っている張飛、字は益徳。喧嘩が強く、口が悪く、しかし縄張りの貧民には飯を奢る」
張飛は一瞬きょとんとした顔になり、それから大声で笑った。「誰だそれを言ったのは。飯を奢るなんて、余裕があった時の話だ。今は俺も財布が心細い」
劉備は立ち上がった。「座れ」と言った。「話がある」
張飛は豚の紐を露店の柱に結んで、どかりと地面に座った。関羽も、すでに聞く態勢になっていた。
劉備は二人を見回した。
市場の人々が行き来する中、三人の男が地べたに座っている。傍目には、ただ休憩しているだけに見える。
「役所の前に徴兵の貼り紙が出ていた」と劉備は言った。「黄巾軍が冀州・青州・徐州で蜂起した。官軍が手に余っている。義勇兵を募集している」
「知っている」と張飛が言った。「それがどうした」
「俺は参加するつもりだ」
「なぜ」
これは正直な問いだ、と劉備は思った。「なぜ」の中に、皮肉も反論も入っていない。純粋に理由を聞いている。
「幾つか理由がある」劉備は言葉を選んだ。「一つは、このまま草鞋を売り続けても未来がないこと。二つ目は、俺には漢室の血がある。それは今この時代において、使いようによっては価値を持つ。三つ目は、黄巾軍を討伐すれば手柄に応じて官職が貰える。官職があれば、地盤が作れる。地盤があれば、次が見える」
「綺麗事は言わないのか」と関羽が静かに言った。「漢室への忠義とか、民を救うためとか」
「そういうことは、言う場面が来れば言う」劉備は関羽を見た。「だが今お前たちに言う必要はない。お前たちに必要なのは計算だ」
関羽は目を細めた。賛意なのか批判なのか、すぐには読めない表情だった。
「俺が持っているのは」劉備は続けた。「漢室の血という名分と、多少の人望と、今のところそれだけだ。金も軍も土地もない。お前たちに払える報酬は、今は何もない」
「なら何故俺たちに話す」と張飛が言った。
「お前たちにも何もないからだ」
沈黙。
張飛が眉を上げた。関羽は顎に手を当てた。
「俺には長刀の腕がある」と関羽が言った。自慢ではなく、在庫確認のような口調で。「河東を出てから一人で生きてきた。組織の中で動く経験はない」
「必要ない。必要な時に教える」
「俺は金と飯を欲している」と張飛が言った。これも同じ口調だった。「義のためとか、漢室のためとか、そういうことに興味はない。旗を振り回すのも好きじゃない」
「金と飯は手柄次第で出る。旗は俺が振る。お前は戦えばいい」
「本当に手柄が出るのか」
「わからない」劉備は正直に言った。「確かめてみなければ分からない。ただ、草鞋を売り続けても金にならないことは確かだ。お前の豚の値段が上がったように、これから物価はどんどん上がる。戦が続けばそうなる。手に職があっても生きにくくなる。俺はそう読んでいる」
張飛は豚の方を見た。豚は鼻を鳴らして、柱の根元の地面を掘っていた。
「分かった」と彼はあっさり言った。「やってみる」
関羽は少し間を置いてから、静かに言った。「一つだけ聞く。お前は本当に漢室の末裔か」
「系図は持っている」
「系図の真偽を聞いているのではない。お前は自分が漢室の末裔だと、心の底から信じているか」
これは難しい問いだった。
劉備は少し考えた。
「信じているかどうかより、その名分に恥じない行動を取ることの方が大切だ」と彼は言った。「血筋は過去の話だ。これから何をするかが、人間を作る」
関羽は長い間、劉備の顔を見ていた。
それから、頷いた。
一度だけ、深く。
三人は日暮れまで話し合った。話し合いとは言っても、誓いも盟もなかった。将来の約束もなかった。あったのは、互いが今何を持っており、何を必要としており、何ができるかという、乾いた言葉の交換だった。
劉備が持つもの。名分と、信用を作る素地と、人を動かす言葉。
関羽が持つもの。一騎当千の武と、一度結んだ関係を裏切らない頑固さ。
張飛が持つもの。戦場での胆力と、地域の人間関係の網と、実務的な判断力。
三つを合わせれば、少なくとも何かを始めることはできる。
この時点では、それだけだった。
後世の人間は、この会合に白木の柱が立ち、香の煙が漂い、三人が天地に誓いを立てたと語り継いだ。桃の花が散る中で義兄弟の契りを結んだと書き記した。それは美しい話であるが、実際には市場の地べたで、豚の鼻を鳴らす声と、行商人の値段交渉の怒鳴り声を背景に行われた、ひどく散文的な話し合いだった。
しかしこの点について言えば、散文的であることは必ずしも貶めることではない。
詩的な誓いは、誓った者が散った時に空気に消える。計算の上に結ばれた契約は、計算が正しく機能している限り、持続する。三人が各自に持ち寄ったものが本物であったから、この最初の約束事は、後の歳月が証明するような強度を持ちえた。
夕刻、市場が店仕舞いを始めた。
劉備は売れ残った草鞋を布に包みながら、榆の木の方向を見た。役所の貼り紙は、日が落ちる前の風の中で、半分が剥がれかけていた。
明日には、更に多くの人間がその紙の前に立つだろう。冀州・青州の惨状は日ごとに涿郡にも伝わってくる。黄巾の旗が近づいているという噂は、もう三日前から市場に流れていた。
後漢王朝の建国から百六十年が経っていた。光武帝が乱れた天下を統一してから、確かに繁栄の時代はあった。しかし章帝以後、即位する皇帝は幼く、実権は外戚と宦官の間を振り子のように揺れ続けた。税は重く、土地は豪族に集まり、農民は流民となり、流民は賊となった。張角という男が一道符水で人々の病を癒す、と言い触らして百万人の信者を集めることができたのは、帝国が百万人の絶望を蓄積してきたからに他ならない。
その意味では、黄巾軍は乱の原因ではなく、結果だった。
涿郡の夜は早く訪れる。北方の秋は短く、日が落ちると急速に寒くなる。
劉備は母親の待つ狭い家への道を歩きながら、今日のことを反芻した。
関羽という男は使える。長刀の腕は言うに及ばず、あの目の静けさが、人間として何かを持っていることを示していた。河東で何があったのかは、今は問わない。必要な時が来れば話すだろう。
張飛という男も使える。あの快活さの下に、確かな現実認識がある。飯と金のために動くと言い切れる男は、義のためと嘯いてその実ためらう男より、よほど当てになる。
しかし問題は、自分が何者であるか、ということだった。
劉備は足元を見た。草鞋の底が薄くなっていた。明日あたりには新しいものに履き替えなければならない。それも自分で編んだものに。
中山靖王の末裔が、自分の草鞋を自分で編む。
これが滑稽なのか、それとも相応なのか。
その問いへの答えは、劉備には分からなかった。ただ一つ分かることがあるとすれば、この問いへの答えを出す機会を得るためには、まず生き残らなければならない、ということだった。
生き残るために、動く。
動くために、人が要る。
人を束ねるために、名分が要る。
名分の器として、漢室の血は使える。
この論理は今日の午後に組み立てたものではなく、何年もかけて少しずつ積み上げてきた認識だった。しかし今日初めて、その論理の上に具体的な人間が乗った。
家の入り口に母が立っていた。夕餉の煙が薄く漂っている。粟の粥の匂いがした。
劉備は草鞋を土間に置いた。
明日から、別の話が始まる。