夜が最も深い時刻に、星が落ちてきた。
正確には、星ではない。人の拳ほどの厚みを持つ合金で包まれた脱出ポッド――直径三メートルの球体が、地球の大気圏を音速の十二倍で貫いた。摩擦熱が外殻を赤く染め、電離した空気が尾を引いて夜空を引き裂く。麓の村の老人が目を覚まし、流れ星と思って目を閉じた。
ポッドは山の中腹に激突した。
爆音が山脈を揺らした。岩盤が砕け、樹木が根ごと吹き飛び、直径二十メートルのクレーターが黒い土を天に向けて口を開けた。粉塵が柱となって夜空に立ち昇り、数秒遅れて衝撃波が山の斜面を駆け下りた。
静寂が戻った。
熱を帯びた合金のハッチが内側から打ち破られた。破片が土に刺さる。
男が立った。
煙の中から踏み出してきた姿は、長身ではあるが常識の範囲を超えるものではない。黒い戦闘服に包まれた四肢は引き締まり、無駄な質量を持たない。直立したまま、男は一度だけ深く鼻から息を吸った。
肺に入ってきた空気を、無意識に分析する。窒素が多い。酸素濃度は標準値よりわずかに高い。毒性なし。
男の名はカカロット。フリーザ軍第七遠征班所属、戦闘力四三〇〇。低級戦士の烙印を押されながら実力で異例の進級を果たした、サイヤ人の軍人。
彼はスカウターを顔の右側に装着し、周囲への索敵を開始した。
緑色の単眼レンズが数字を弾き出す。
重力、地球標準の一・〇二倍。誤差の範囲。大気組成、居住可能。気温は摂氏十一度。時刻は現地時間で午前二時十七分。スカウターが走査した半径二十キロ以内の戦闘力読み取り値は、最高でも八。人間の農夫か何かだろう。地を這う数字だ。
カカロットはクレーターの縁に立ち、暗闇に広がる山の輪郭を眺めた。
遠くで何かの鳥が鳴いた。それだけだ。
このポッドに乗る前、彼が最後に踏んでいた星は、名前すら持たない赤い岩の塊だった。住人は地下に穴を掘って暮らしており、戦闘力の平均は二十前後。カカロットはそこを六時間かけて平定し、生存者の数を報告書に記入し、次の任務命令を受け取った。地球という名の青い惑星に降下し、七つのエネルギー体を確保せよ。その後、星を売却前提で処理せよ。
標準任務だ。
スカウターの記憶領域に保存された指令書には、地球の表面積と推定住民数が記載されていた。七十億弱。フリーザ様の顧客にとっては手頃な規模の居住可能惑星で、水資源と大気環境が評価されている。現地の文明は惑星間航行技術を持たず、抵抗は形式的なものになるはずだ、と指令書には書かれていた。
カカロットはその見立てが正確かどうか、自分の目で確認するつもりだった。指令書を信じるのではなく。それが彼のやり方だった。
索敵パルスを広域に展開する。スカウターが軋み、データを返してくる。
七つのエネルギー体。その反応は確かにある。分散している。距離は様々で、最遠は数千キロ先。だが、ある方向に二つが近接している。そこから着手するのが効率的だ。
カカロットはポッドの残骸を振り返った。
残置するか。
十秒考え、そのままにすることにした。隠蔽工作をする理由がない。この惑星の誰がポッドを発見しても、何も変わらない。止める力がないのだから。
彼が踏み出した瞬間、山の下から光の束が差してきた。
ヘッドライトだ。複数。不整地をものともしない重量のある車両が、山肌の砂利道を上ってくる。エンジンの振動が遠く地面から伝わってくる。カカロットはスカウターを再起動させた。
車両の数、六台。搭乗員の反応、合計三十一。戦闘力の最高値は十二。
軍事組織と思われる。衝突の検知と初動調査。この惑星の基礎的な防衛反応だろう。
カカロットは興味を失った。
だが道を空けることもしなかった。そのまま砂利道の中央に立ち、光の中に浮かんだ。
先頭の車両がブレーキを踏んだ。スライドしながら停車し、助手席のドアが勢いよく開く。防弾ベストを纏った男が降りてきた。
「止まれ! 腕を上げろ! ここは立入禁止区域だ!」
声に緊張が滲んでいる。それでも撃たない。規律がある組織なのだろう。カカロットは腕を上げなかった。
後続の五台も停車した。荷台から兵士たちが降りてくる音がする。金属のこすれる音。武装の確認だ。三十一人。全員の戦闘力を把握している。
先頭の男が再び怒鳴った。言語が理解できる。スカウターの翻訳機能が働いている。内容は同じだ。止まれ、武器を捨てろ、その他様々な要求。
カカロットは動かない。
「最後の警告だ!」
銃声が山に響いた。
カカロットの右肩の皮膚が、砂粒ほどの感覚をかすかに訴えた。
彼は自分の肩を見た。黒い戦闘服に小さな焦げ跡がある。ライフル弾が布地をわずかに焦がした跡だ。素肌には触れていない。
三十一の人間が、息を飲んだのがわかった。
カカロットは肩の焦げ跡に指で触れ、それから前を向いた。
そこからの十七秒を、後に生き残った兵士の一人は次のように語ることになる。
「人間じゃなかった。ただそれだけだ。」
車両が一台、中腹の岩壁に突き刺さった。別の一台はひっくり返り、夜の斜面を転がり落ちた。銃声は最初の数秒だけで、あとは金属が折れる音と人の声だけが続き、すぐにそれも途絶えた。
カカロットは砂利道に立っていた。
拳を握ってもいない。戦闘姿勢を取ってもいない。ただ立っている。戦闘力が個々に低すぎて、殺すという行為が体の機能としてすら動作しない。それほどの差だ。
地に倒れた人間たちの呼吸を確認した。生きている。骨が折れているものもあるが、致命傷はない。故意ではない。この程度の相手を殺すのは、岩を割るのと大差がなかった。
カカロットは続けて歩き出した。
東の稜線の向こうに、夜が白み始めている。
スカウターが二つのエネルギー体の方位を示している。距離、およそ九百キロ。山を越え、平野を越えた先にある。
青い惑星は静かだった。
都市の光が地平の遠くに滲んでいる。風が草を揺らす音がする。この星に来てまだ一時間も経っていないが、カカロットはすでに七つのエネルギー体の大まかな位置を把握し、地形の特性を理解し、住民の戦闘力が問題にならないことを確認した。
任務進捗、予定通り。
彼はその評価を心の中で記録し、次の方位に足を向けた。
空気は冷たく、かすかに土と草の匂いがした。
カカロットはそれに気づき、そしてすぐに意識から追い出した。