玄関チャイムが鳴ったのは、木曜日の午後三時十七分だった。
野々村ノブオはソファで教科書を開いたまま眠りかけていた——正確には、眠ることへの抵抗を放棄する直前の、あの中間地点にいた。ノブオはいつも中間地点にいる。成績表の真ん中、クラス写真の真ん中、そして今日の百メートル走でも、十九人のうち十番目でゴールした。誰も気にしない順位だ。一番目でも最後でもないから。
チャイムがもう一度鳴った。
「野々村ノブオ様のご在宅を確認しました。配達物がございます」
玄関の外から声がした。機械の声だったが、妙に礼儀正しく、かつどこか疲れているような声だった。
ノブオは重い腰を上げ、玄関を開けた。
そこには木箱があった。ノブオの身長ほどある大きな木箱が、玄関前の石畳の上に鎮座していた。側面には赤い文字でこう書かれていた。
「返送——受取拒否・受取人死亡のため」
さらにその下に、別の文字で。
「訂正:受取人は生存。ただし確認書類紛失。配達続行」
「あの」とノブオは言った。
「お時間を頂戴します」と木箱が答えた。
内側から何かがつっかえる音がして、蓋が持ち上がった。中から現れたのは、ノブオの頭ひとつ分ほど背の高いロボットだった。外装はくすんだ青灰色で、左肩に「ドラ七」と刻印されていた。右目の部分にある丸いレンズが、ノブオを見てかすかに回転した。
「野々村ノブオ様ですね」
「そうだけど」
「確認完了。私はドラ七、支援クラス第七号機です。未来省の暫定配備命令により、本日より当宅に駐在します」
「聞いてないんだけど」
「お父様とお母様は本日十四時二分、未来省の電子同意書にデジタル署名をされました。おそらく内容はお読みになっていないかと存じます。内容を精読した保護者の割合は、統計的に三・二パーセントです」
ノブオは返す言葉がなかった。
ドラ七は木箱から丁寧に足を踏み出し、玄関の三和土に立った。その動きはどこか慎重で、関節のひとつがかすかに軋む音を立てた。
「廃棄処分予定ではないんですか」とノブオは聞いた。箱に書かれた「返送」という文字が気になっていた。
「廃棄予定です」とドラ七は即答した。「ただし最終フィールドテストの完了後。本任務がそれにあたります」
「僕が最後の仕事なの」
「左様です」
ノブオはドラ七の顔——レンズと細いラインで作られた顔——を見た。そこに感情は読み取れなかった。しかし何か、書類仕事に慣れきった役人のような、妙な貫禄があった。
「上がっていいですよ」とノブオは言った。他に言えることが思いつかなかった。
ドラ七は靴を脱ごうとして、自分が靴を履いていないことに気づき、そのまま上がった。
リビングのテーブルを挟んで、ノブオとドラ七は向かい合わせに座った。ドラ七の腹部には引き出しのように見える部分があり、ノブオはそれをずっと気にしていたが、聞くタイミングを逃し続けていた。
「現在の任務内容を説明します」とドラ七は言い、胸ポケットから紙を取り出した。紙というより、書類の束だった。
「野々村ノブオ様の生活支援、および成長促進に関する補助業務。期間は未定。使用可能機材は四次元ポケット内の備品に限る。ただし——」
ドラ七は一拍置いた。
「当該備品の大半はリコール対象品、使用期限切れ、もしくは説明書を紛失したものとなります」
「……それって大丈夫なの」
「規定上、問題はありません。問題があれば私が廃棄されるだけです。任務との因果関係は別途審査されます」
ノブオはそれを聞いて、なぜか少し安心した。自分と似ている、と思ったのかもしれない。結果の出ない努力と、それを指摘しない沈黙。
「一つ、紹介したいものがあります」とドラ七は言い、腹部の引き出しに手を当てた。
引き出しが開いた。
中は暗かった。暗いのに、底が見えなかった。引き出しの奥が、引き出しよりも明らかに深かった。ノブオは思わず椅子から身を乗り出した。
ドラ七は中に腕を差し入れ、折り畳まれた扉を取り出した。
扉だった。玄関扉とほぼ同じ大きさの、ごく普通の木の扉が、テーブルの上に置かれた。塗装が所々剥がれ、取っ手は真鍮製だった。扉の左隅には小さなパネルがついており、数字を入力できるようになっていた。
「どこでもドア、第四世代改良型」とドラ七は言った。「行きたい場所の住所を入力すれば、扉を開けた先がその場所になります」
ノブオの心臓が少し速くなった。
「ただし」
ドラ七は書類束をめくった。
「製品リコール通知番号四七七七二——当該製品は、ユーザーの入力した目的地に加え、独自のアルゴリズムによる目的地修正機能が実装されており、消費者庁より行政指導を受けております。具体的には——」
「行きたい場所に行けるんでしょ」とノブオは遮った。
「理論上は」
「じゃあいい」
ドラ七は書類を下ろした。「最後まで聞かれることをお勧めします」
「後で聞く」
ノブオはパネルに手を伸ばした。
入力したのは、桐島ハヤトの自宅住所だった。
桐島ハヤトはノブオのクラスで最も有名な男子だ。足が速く、算数ができ、誰に対しても気さくに笑う。給食当番の割り当てを変えてほしいと言えるのはハヤトだけで、学芸会の主役に選ばれるのも毎年ハヤトで、運動会のリレーでハヤトがアンカーを走るとき、クラス全員が名前を呼んだ。
ノブオは一度も呼ばれたことがない。
住所は知っていた。五年二組の連絡網に載っていた。家が近いからではなく、眺めていたからだ。
十二桁の番地を入力し、エンターキーに相当するボタンを押した。
扉が震えた。
低い音がして、取っ手がほのかに光った。ノブオは取っ手を握った。手のひらに金属の冷たさが伝わった。
「お待ちを」とドラ七が言った。「リコール通知の当該箇所ですが——」
ノブオは扉を開けた。
扉の向こうは、ハヤトの家ではなかった。
光があった。夏の昼間の、目を細めるような光だった。草の匂いがした。それから、スピーカーから流れる音楽と、大勢の拍手の音。
ノブオは一歩踏み出していた。
気づいたときには、もう踏み出していた。
運動場だった。真夏の、焼けるようなアスファルトの運動場。周囲のテントに保護者たちが座り、手製の旗を振っている。スターターピストルの残響がまだ空気の中にあった。
ノブオの足元は土だった。
走り終えたあとの、ゴールテープの脇の土だった。
体が小さかった。七歳の自分の体が、汗と土埃でまみれていた。
百メートル走。小学一年生。十八人が走って、ノブオは十八番目でゴールした。最後だった。転んだわけでも、疲れたわけでもなかった。ただ遅かった。それだけだった。
ゴール後、他の子供たちは肩を叩き合っていた。一位の子は先生に持ち上げられていた。三位の子は泣いていて、誰かに慰められていた。
ノブオは一人で立って、拍手していた。
誰のためでもなく、あるいは全員のために、両手を叩いていた。写真に撮られているわけでも、誰かに見られているわけでもなかった。ただ、拍手するしかなかったから、していた。
現在のノブオは、七歳のノブオから三メートル後ろに立ち、その背中を見ていた。
ランドセルほどの大きさしかない背中が、一人で拍手していた。
背後で、乾いた音がした。
扉が閉まる音だった。
振り返ると、扉はすでに消えていた。あった場所に、夏空だけがあった。
ノブオは運動場の端に立ち尽くした。
七歳の自分は拍手をやめ、水道のところへ歩いていった。小さな足が砂を踏む音がした。遠くでスピーカーが次の競技を告げた。
ポケットに手を入れた。何もなかった。
扉のパネルも、ドラ七も、リビングのテーブルも、ここにはなかった。
ノブオは七歳の自分の後ろ姿が水道の蛇口をひねるのを見た。蛇口が古くて硬く、小さな手が何度もひねり直していた。
桐島ハヤトの家に行こうとしていた。あそこへ行けば何かが変わると思っていた。あの家を見れば、あの生活を覗けば、何か足りないものの正体がわかると思っていた。
扉はその代わりに、ここへ連れてきた。
説明書を最後まで聞かなかった、とノブオは思った。
ノブオは運動場の端に立ったまま、七歳の自分がたっぷり水を飲んで、口を手の甲で拭うのを見ていた。
誰も見ていなかった場面を、今、自分だけが見ていた。
夏の光の中で、拍手の音がまだ手のひらに残っていた。