桐山凛が千露楼に戻ってきたのは、火曜日の午後であった。
荷物は二つ。革の取っ手がついた中型の旅行鞄と、もう少し小ぶりな布製の袋で、布袋のほうには千露楼の暖簾をくぐった瞬間から傾きはじめた——おそらく中身が偏っているのであろう、そういう種類の傾きだった。凛はそれを気にしなかった。あるいは気にする余裕がなかった。彼女の意識は荷物にではなく、廊下の奥にある帳場の方角に向いており、その方角を起点として、千露楼全体を自分の中に収め直すような目の動かし方をしていた。
吾輩はこの到着を水槽越しに観察した。
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