廊下は、人が去った後でしばらくその人の気配を保っている。
これは吾輩の長年の観察から導いた経験則であって、証明できる命題ではないが、千露楼においては特にそれが著しい。石造りの廊下の壁は気配を吸い込み、少しずつ冷ましながら放出する。澄が湯婆婆の部屋を出た後の廊下には、澄の三呼吸分の逡巡と、床の修繕跡に関する慎重な言葉と、引き出しの中に並んでいるはずの自分の名前を前にして動かなかったその一分間近くが、まだ薄く漂っていた。
吾輩は水鉢の底から浮上しながら、澄の行方を考えた。
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