建安十七年(二一二年)の秋、曹操は自らの位号について、初めて公式の場で語った。
魏公。
二文字に過ぎない。しかしその二文字が意味するものを、朝廷の誰もが理解していた。周公旦が成王を輔弼したように、曹操は献帝を「輔弼」する。その枠組みの中に、新たな公国を設け、独立した官属と宗廟と社稷を持つ。それはもはや漢朝の臣下の位格ではなかった。それは、漢朝の傍らに別の国家を樹立することだった。
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