巴丘という地名を、後の世の人々は特に記憶していない。
長江中流の小さな城市であり、軍事的要衝というわけでもなく、歴史に名を残した大きな合戦の舞台でもない。ただ、建安十五年の冬、周瑜がそこで死んだ。それだけが、この地名を歴史に留めている。偉大な人物の死とは、多くの場合そういうものだ。死者が場所に意味を与えるのであって、場所が死者を選ぶのではない。
周瑜の益州攻略計画は、孫権の承認を得ていた。
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