建安十六年の春になっても、荊州の帰属をめぐる問いは解決されていなかった。
正確に言えば、解決はされていた——書類の上では。孔明が柴桑で交わした口約束と、その後に魯粛を通じて成立した暫定的な貸借協定によって、荊州の南部諸郡は劉備が「借りる」という形をとっていた。借りるということは、返す義務があるということだ。劉備側はこの解釈を曖昧にし、孫権側はこの解釈を明確にしようとしていた。
この非対称な認識の間に、一つの省が挟まれていた。
Create a free account to unlock all chapters. It only takes a few seconds.
Sign In FreeCreate your own AI-powered novel for free
Get Started Free