さて、始めるとしよう。
もっとも、わたしは別段、何かを始めたいとは思っていない。三百年余り、この柱に宿って、わたしが「始めた」ものなど何一つありはしない。わたしはただ見る。見て、記憶し、必要とあらば少々の皮肉を添えて、それで終わりである。座敷童とはそういう生き物だ。家に幸運をもたらすなどという俗説は、すこぶる迷惑な誤解であって、少なくともわたしに関しては全くの嘘っぱちである。わたしがこの「忘我の湯」という場所にいる理由は、幸運の授与などという殊勝な使命とは何の関係もない。単純に、行くところがなかっただけだ。
それはともかく。
その午後のことを話そう。
秋の光というのは、人を騙す。夏の正直な暑さとも、冬の誠実な寒さとも違って、秋の光は斜めに差し込んで、ありとあらゆるものを少しだけ美しく見せる。汚い路地を風情ある小道に仕立て、見知らぬ曲がり角を冒険の入口らしく演出する。まったく不誠実な季節である。
だからこそ、あの一家がああなったのも、秋の光の責任が四割くらいはあると、わたしは思っている。
鈴木千花、十二歳。両親に続いて、細い路地へと足を踏み入れた瞬間の顔を、わたしはこの柱からよく知っている種類の顔として認識した。見てはいけないものを見てしまう直前の顔だ。興味と不安が、まだどちらが勝つかを決めかねて、ちょうど五分五分に混在している。鼻の頭が少し赤かった。気温のせいか、小走りになっていたせいか。たぶん両方だろう。
父親の方は、スマートフォンを見ていた。地図アプリを開いたまま、しかしアプリが正しい道を示さないことに半ば気づきながら、そのことを認めたくなくて画面を見続けていた。わたしはこの三百年で、人間という生き物が道に迷った時にどういう行動をとるかを飽きるほど観察してきたが、機械を信じて自分の足の感覚を疑うというのは、なかなか新しい種類の愚かさだと評価している。もっとも、どの時代の人間も、信じるに足らないものを信じてここへ迷い込んでくる。道具が変わっただけで、本質は少しも変わっていない。
母親の方、鈴木春子は、「あら」と言っていた。
「あら、変な匂いね」
硫黄と菊。
忘我の湯の路地はいつもそういう匂いがする。硫黄は温泉の予告であり、菊は祭りの予告であり、二つが混じると何か少し腐りかけの豪華さのような、あるいは盛りを過ぎた祝祭のような、そういう特有の空気が生まれる。春子が「変な匂い」と言ったのは正確な観察だが、その後「でも温泉かしら、素敵じゃない」と夫に言ったのは観察の精度を自分で台無しにした瞬間だった。
千花は何も言わなかった。
ただ、立ち止まって、路地の入口を振り返った。
ここが重要である。わたしが一千を超える愚か者どもの入場を見届けてきて、ほぼ例外なく観察してきた行動というのは、「前へ進む」ことだ。物珍しさに引かれ、親についていき、面白そうだと思い、特に理由もなく足を踏み出す。振り返る者は少ない。振り返ったとしても、もうそこには振り返るべき景色がないことを確認して、初めて事の異様さに気づく。
千花は、まだ路地の入口が見えるうちに振り返った。
わたしはその瞬間、この子どもに対する評価を、わずかばかり上方修正した。わずかばかり、というのが重要で、過大な期待は三百年の観察経験が厳しく戒めるところである。
路地は、狭かった。石畳が続き、両側の壁は古い木の板張りで、所々に苔が生えて、提灯が一つ、風もないのにゆらゆらと揺れていた。提灯の火は普通の火より少し青みがかっていて、普通の人間ならば気づかない程度だが、わたしのような者には一目でわかる。これはそういう場所の灯である。
「行こう行こう」
父親が地図アプリを諦め、スマートフォンをポケットに突っ込んで言った。
千花はもう一度だけ後ろを見た。
そして路地は、閉じた。
音もなく。煙もなく。ただ空気がゆっくりと詰まって、さっきまでそこにあった秋の住宅街の気配が、しゅうっと消えた。千花の背後に残ったのは、石畳と、提灯と、硫黄と菊の匂いだけである。
この瞬間に叫ぶ者は多い。泣く者も多い。「何これ何これ」と無意味に繰り返す者も多い。
千花は、何もしなかった。
正確に言えば、何もしなかった、ではない。彼女はその閉じた路地の終わりを、目で丁寧に一度、端から端まで確認した。壁の継ぎ目を。石畳の模様を。提灯の形を。まるで試験に出ると知っている地図を頭に焼き付けるような、静かで系統立てた視線だった。
わたしは少々驚いた。
驚いた、などと言うと座敷童の品格にかかわるので、修正しよう。わたしは、予想から外れた観察をした。
千花の両親は気づいていなかった。相変わらず夫は「こっちだろうか、こっちか」と言い、妻は「でも素敵ね、こういう雰囲気」と言っていた。二人の背中が小さくなって、霧の中へ消えていく。霧、と書いたが、それは秋の夕霧とは明らかに異なるもので、色が少し白すぎて、動きが少し意図的すぎた。
千花は両親を追った。走らずに。しかし確実に。
そして忘我の湯は、霧の向こうから現れた。
現れた、というのも正確ではない。もともとそこにあったものが、霧という幕を持ち上げることで姿を現した、とでも言うべきか。あるいは建物の方が一歩前へ出てきた、という印象の方が近いかもしれない。忘我の湯はそういう建物で、見られるより先に見ている。
正面から見た忘我の湯は、巨大である。江戸の大店を五つ重ねて横に並べたような規模で、何棟もの建物が渡り廊下で繋がっており、屋根の重なりが山の稜線のように複雑に交差している。提灯は無数に吊られ、橙色の光が霧の中に滲んで、遠くから見ると建物全体が仄かに発光しているようにさえ見える。軒には「忘我の湯」と墨で書かれた大きな看板が掲げられ、その字体は上手いのか下手なのかよくわからない、しかし確かに人を惹きつける奇妙な力を持っていた。
建物からは湯気が出ている。温泉の湯気だ。そして音がする。客の笑い声、三味線の音、下駄の音、遠くに太鼓。祭りのようでもあり、旅館のようでもあり、しかしそのどちらとも少し違う何かが、音の隙間から滲み出している。
春子が「まあ」と言った。
父親が「すごいな」と言った。
千花は何も言わなかった。
彼女の目は、建物の正面の大門に向いていた。朱塗りの大きな門で、両脇に石の狛犬が立ち、門の上部には細かい木彫りが施されている。龍、鳳凰、菊の紋様。しかし千花が見ていたのはそういう装飾ではなく、門の一番上の部分、正確に言えば門が枠として持つ空間の形を、彼女は目で測っていた。高さと幅の比率を。左右の柱の太さを。そういう、いざという時に役立つ可能性のある情報を。
わたしは、もう一度だけ評価を上方修正した。
もう一度だけ、というのが重要である。
忘我の湯の大門が開く時、いつも低い音がする。建物の底から来るような、地面を伝ってくるような唸り声に似た音で、客を迎えているのか、それとも別の何かを宣言しているのか、三百年いてもわたしにはいまだに判断がつかない。ただ確かなことは、あの音を聞いた後で来た道を戻れた者は、一人もいないということだ。
大門が開いた。
低い音が、秋の霧の中に広がった。
鈴木一家の三人が、敷居をまたいだ。春子が先で、父親が次で、千花が最後だった。千花が敷居をまたぐ直前に、もう一度だけ後ろを振り返ったのを、わたしは見た。
振り返っても、もう路地はない。霧の向こうには霧しかない。それでも千花は一秒、確認した。まるで後退路の喪失を記憶に刻み込むかのように。
それから彼女は前を向いて、忘我の湯の敷居をまたいだ。
わたしはこの柱から、そのすべてを見ていた。
愚か者が一家そろって来た、とわたしは思った。そして、それだけではないかもしれない、とも思った。後者の考えは性に合わないので、すぐに打ち消した。三百年の観察経験は、希望的観測を厳しく禁じている。
禁じてはいるが。
あの子どもは門の形を測っていた。
それだけは、記憶しておくことにした。