Chapter 1: The Sphere That Rolled Out of the Closet

押し入れを開けた瞬間、何かが足の甲に落ちてきた。

野末ダイスケは声も出さなかった。痛みより先に、自分が今見ているものの意味を処理しようとした。床に転がっているのは、直径三十センチほどの球体だった。表面は鈍いグレーで、いくつかの継ぎ目と小さな突起がある。突起の一つが点滅していた。橙色に、一定のリズムで。

火曜日の朝七時十二分だった。

「おはようございます」と球体が言った。

ダイスケは膝を曲げ、しゃがんで球体と目線を合わせた。正確には目はなかったが、橙色に光る部分がそれに近いものとして機能しているように見えた。

「おはよう」とダイスケは言った。言ってから、自分が返事をしたことに気づいた。

球体はゆっくりと回転して正面を向けた。正面がどちらかは、ダイスケには判断できなかったが、球体自身はそれを知っているようだった。

「私の名前はドランです。西暦二二四七年に製造されました。あなたの元に派遣されてきた理由については、ただいまファイルを読み込みますので、しばらくお待ちください」

待った。

三十秒ほど沈黙が続いた。ダイスケは押し入れの中を覗いた。去年着ていたジャージ、読んでいない参考書、存在すら忘れていた模型のパーツ。ドランが入っていた形跡は、どこにもなかった。棚板が一枚、微妙に歪んでいたが、それは去年からそうだった。

「読み込みが完了しました」とドランが言った。「ただし、ミッション詳細を記録したファイルの七十三パーセントが破損しています。判読可能な内容は以下の通りです。野末ダイスケ、二〇三六年生まれ、現在十四歳。課題多数。当該対象者を支援するため派遣。以上です」

「課題多数って何」

「定義されていません」

ダイスケは立ち上がった。足の甲がまだじんじんしていた。

「帰ってくれ」

「帰還プロトコルを確認します」ドランは少しの間黙った。「帰還プロトコルが見つかりません」

「ないの」

「見つかりません、と申し上げました」

ダイスケは時計を見た。七時十五分。母親はもう出かけていた。シフトが朝六時半から始まる仕事をしていて、ダイスケが起きる前に家を出るのが平日の習慣だった。テーブルの上に百五十円が置いてあった。飲み物代、というより、何かの代、という感じの金額だった。

「ここに、どうやって入ったんだ」

「それについてのファイルも破損しています」

「じゃあ何のためにここにいるかも、どうやってここに来たかも、どう帰るかも、全部わからないんだな」

「正確にはそうです」

ダイスケはしばらくドランを見ていた。ドランは点滅を続けていた。橙色が、規則正しく、辛抱強く。

部屋の空気は冬の名残を引きずっていた。四月に入ってまだ二週間しか経っていないせいで、朝の窓際はまだ冷たかった。ダイスケは裸足のまま台所に行き、湯を沸かして残り物のインスタントスープを作った。ドランがゆっくりと転がってついてきた。

「移動できるんだな」

「この程度の平面は問題ありません」

「うちはフローリングだ」

「確認しています」

ダイスケはスープを飲みながら、ドランを見た。ドランはテーブルの足の横で静止していた。橙色の点滅だけが続いていた。

「学校、行かなきゃいけない」とダイスケは言った。特にドランに向けて言ったわけでもなかった。

「承知しました」

「お前はどうするんだ」

「ここで待機します」

「勝手に何かするなよ」

「現在の指示範囲内では何もする予定がありません」

ダイスケは食器を水道で流した。鏡の中の自分は昨日と同じ顔をしていた。それは当然だったが、なぜか少し落胆した。

制服のネクタイを締め終わったとき、ドランが声をかけてきた。

「出発前に、一つご説明があります」

「何」

「私は、腹部に収納ユニットを内蔵しています。技術的には四次元構造を持つ引き出しで、未来の道具を複数格納しています。これらはミッションの遂行において使用される予定のものです」

ダイスケは振り返った。「未来の道具」

「そうです」

「どんな」

「ファイルが——」

「破損してる、だろ」

「はい」

ダイスケは鞄を肩にかけた。「見せてみろ」

ドランの腹部が、音もなく開いた。薄い継ぎ目が現れ、引き出しのような形で前方に飛び出してきた。深さは見た目の三倍はあるように見えた。内部は暗く、底が見えなかった。ドランは少しの間そこに手を突っ込むような動作をした。正確には腕はなかったが、継ぎ目から細い機械式のアームが伸び、暗い内部を探るように動いた。

引き出しから、靴下が一枚落ちてきた。

紺色の、かかとに小さな穴が開いた靴下だった。

ドランは一秒間黙っていた。

「引き出しの調整が必要なようです」

ダイスケは靴下を拾い、ドランの上に乗せた。「これはお前のじゃないだろ」

「私は靴下を必要としない構造です」

「じゃあ誰の」

「不明です」

ダイスケは玄関に向かった。ドランは靴下を載せたまま、静かに転がってついてきた。ドアの前で止まった。

「帰るな、とは言ってない」とダイスケは言った。

「はい」

「ただ、触るな。壊すな。勝手に引き出し開けるな」

「承知しました」

ダイスケはドアを開けた。四月の朝の空気と、遠くから来る電車の音。階段の踊り場からは、誰かが揚げ物をしている匂いが漂ってきた。朝七時半に揚げ物をしている人間がこの世界にいることを、ダイスケはいつも不思議に思う。

振り返らずに言った。「行ってくる」

ドランは何も言わなかった。

ダイスケも特に何かを期待していたわけではなかった。

靴下は、置いてきた。誰のものかわからないものを学校に持っていく理由は、どこにも見当たらなかった。

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