吾輩が湯婆婆の帳簿部屋に足を踏み入れることになったのは、一枚の書付の誤りによってである。
誤りは吾輩のせいではなかった、と言いたいところだが、正確に言えば、吾輩のせいでもなかった、という程度の話に過ぎない。青白い顔の女が客室への薬湯の調合指示書を作成し、吾輩がそれを厨房へ届け、厨房の者がそれを見て首を傾げた。指示書の右上に、帳簿整理の補助を要請する別の書付が誤って重ねて貼り付けられていたのである。厨房の者はどちらを優先すべきか判断できず、両方を吾輩に返却した。吾輩は青白い顔の女のところへ戻り、青白い顔の女は首を傾げ、そして結局のところ、書付を持参した吾輩が最上階へ届けに行くことになった。
千霧楼における「結局のところ」とは常に、最も関係の薄い者が最も不便な場所へ行くという法則の実例である。吾輩はこの法則に対し、もはや驚きも怒りも覚えない。驚くには経験が浅すぎる時期は既に過ぎており、怒るには吾輩は些か哲学的すぎた。
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